825                                                    「あかしの石」

―最も重要な預言A~暗黒から光明へb
「こうして、人々が熱心に追い求めて捜し
 さえすれば、神を見いだせるようにして
 下さった。事実、神はわれわれひとりび
 とりから遠く離れておいでになるのでは
 ない」
          使徒17-27

(・・続き)永遠――それはなんであろうか?そ
して死――なぜ死ぬのであろうか?
論理を進めれ
ば進めるほど、わたしは論証から遠ざかってしまった。考えれ
ば考えるほど、結論が出なくなってしまった。わたしは考える
のをやめようとした。だが、思いは自由にならなかった。わた
しはほんとうに悲惨であった。しかし、その理由がわからなか
った。わたしはつぶやき、不平を言った。しかし、だれについ
て言っているのか知らなかった。
わたしは、悪が存在し
ていることを知っていたが、善をどこでどうし
て見いだすかを知らなかった。わたしはもだえ
苦しみ、なんの希望も持てなかった。」

 彼は、こうした状態で数ヶ月間過ごした。そ
して、次のように言っている。「突然、救い主
の品性が、わたしの心に生き生きと印象づけら
れた。恵みとあわれみの思いに満ち、ご自分で
われわれの罪を贖い、罪の罰である苦難からわ
れわれを救ってくださるかたがあるように思え
た。わたしはそのときすぐに、そのようなかた
は、なんとうるわしいかたであろうと考えた。
そしてわたしは、そのかたの腕に自分自身を投
げかけ、そのあわれみに頼ることができると想
像したのである。しかし、果たして、そのよう
なかたがおられることを証明することができる
であろうか、という疑問が起こった。そうした
救い主、あるいは来世についても、聖書を除い
ては、その存在の証拠を見いだすことはできな
かった。
(続く・・)       各時代の大争闘 p3