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最も重要な預言J~再臨のメッセージに対する反響
「世と世にあるものとを、愛してはいけない」ヨハネ第一2-15

ほとんどの都市で、何十人という人々が彼の説教の結果悔
い改め、あるところでは、何百人もの者が悔い改めた。多
くの所で、プロテスタント諸教会のほとんどすべての教派
が彼に扉を開き、いくつもの教派の牧師たちから説教の招
待が来るのが普通であった。彼は、招かれたところでだけ
働くことにしていたが、まもなく、続々と来る招待の半分
にも応じきれなくなった。再臨の正確な時期に関する彼の
見解に同意しない人々も、キリストの再臨が確実なことで
あって、しかも切迫していること、そして自分たちの準備
が必要なことについては、納得したものが多かった。大都
市のいくつかにおいて、彼の働きは著しい影響を及ぼした。
酒類の販売業者が商売をやめて、店を集会所にした。賭博
場が廃止された。無神論者、理神論者、普遍救済論者たち、
また、最も身持ちの悪い道楽者までが改心し、その中には、
長年教会に来ていなかった者たちもいた。種々の教派が各
地において、ほとんど毎時間祈祷会を持ち、実業家たちは
正午に、祈りと賛美のために集まった。といっても別に、
狂気じみた興奮などはなく、人々の心にあったのは厳粛な
思いであった。彼の働きは、初期の宗教改革者たちの働き
のように、単に感情を動かすのではなくて理解力に訴えて
良心を目ざめさせるものであった。

 ミラーは、1833年、彼の属していたバプテスト教会から、

説教をする許可証を受けた。彼の教派の多数の牧師も彼の

働きを承認し、彼が働きを継続することを正式に認めたの
である。彼は、その個人的活動は主として、ニュー・イング
ランド地方と中部諸州に限られていたが、絶えず旅行しては

説教した。数年間は、彼は費用を全部自弁していた。また後

になっても、招かれた所への旅費を決して十分には受けなか

った。こうして、彼の公の活動は、金銭上の恩恵を受けるこ

とからは程遠く、彼の財産に重い負担となり、彼の生涯のこ

の時期にしだいに減少した。彼は大家族の父であったが、彼
らはみな質素で勤勉であったので、彼の農園は、彼と彼らを
十分支えることができたのである。各時代の大争闘 p20~21