925                                                     「あかしの石」

―最も重要な預言P~真理は人を分けるb
人の子は父の栄光のうちに、御使たちを従えて来るが、
 その時には、実際のおこないに応じて、それぞれに報い
 るであろう
」     マタイ16-27

今日、キリスト再臨の布告は、天使たちがベ
ツレヘムの羊飼いたちに告げたときのように、
大きな喜びの知らせでなければならない。

い主を真に愛する人々は、聖書に基づいた告
知を、喜びをもって叫ばないではおられない。
永遠の生命という彼らの希望の中心であられる主が、初臨の時
のように嘲笑され、侮辱され、拒否されるためではなくて、力
と栄光のうちに神の民を贖うために、また来られるのである。
救い主を遠ざけておこうと望む者は、彼を愛さない人々である。
この天からの使命にいらだちを感じ、悪意を抱くことほど、教
会が神から離反したことの決定的証拠はないのである。

 再臨の教義を受け入れたものは、神の前に悔い改めてへりく
だることの必要を自覚した。キリストと世との間をためらって
いたものが多くいたが、今こそ決心すべき時であると感じた。
「彼らには、永遠に関することが、これまでになく現実のもの
となった。天は近くなり、神の前に自分たちの罪深さを感じた。
」キリスト者は、新しい霊的生命に活気づいた。彼らは、時が短
いことを感じ、同胞のためになすべきことは、速やかにしなけ
ればならないと感じた。地は、退いていき、永遠が彼らの前に
開かれるように思われた。そして、魂とその永遠の運命にかか
わるすべてのことが、地上のすべてのものの光をあせさせるよ
うに感じられた。神の霊が彼らに宿り、罪人に対すると同様に
同信者たちに対しても、神の日の準備をするように熱心に訴え
る力を与えた。彼らの日ごとの生活の無言のあかしは、形式的
で献身していない教会員に対する絶えざる譴責であった。この
人々は、自分たちの快楽の追求、金もうけへの熱意、世俗の栄
誉欲などが妨げられるのを望まなかった。そのために、再臨の
信仰とそれを宣布する者に対して、敵意と反対が起こったので
あった。各時代の大争闘
p30~31