4月12日                           「あかしの石」
初代文集―
 経験と幻
                 Ellen G. White
  「閉ざされた門」と「開かれた門」
 1844年の夏、再臨の使命宣布の特別運動が行われた
ときに、その指導者たちは、マタイ25章の10人のおと
めのたとえの中に、彼ら自身の経験を認めたのである。
花婿の来るのが「おくれた」。「さあ、花婿だ、迎え
に出なさい」と呼ぶ声がした。これが一般に、「夜中
の叫び」と言われている。ホワイト夫人は、その最初
の幻において、再臨信徒が進んでいく道のはじめにあっ
て、彼らを後ろから照らしている輝かしい光がこれで
あることを示された。たとえでは、用意のできていた
者たちは、花婿と共に婚宴のへやにはいり、「そして
戸が閉められた」と言われている(マタイ25-10)。そこ
で、彼らは、1844年10月22日に、広く伝えられたメッ
セージを信じなかった人々にとって恵みの門は閉ざさ
れてしまったと結論を下した。ホワイト夫人は、、幾
年か後にこれについて次のように書いた。
 「救い主が来られると期待していたその時が過ぎた
あとも、なお彼らは、再臨は近いと信じていた。彼ら
は、今や重大危機にさしかかったと考え、神の前にお
ける仲保者としてのキリストの働きは終わったと考え
た。人類の恩恵期間は、主が天の雲に乗って実際に来
られる少し前に終わると聖書に教えられているように、
彼らには思われた。このことは、人々が恵みの扉の前
で求め、たたき、叫ぶけれども開かれないという時を
示す聖句から見て明白なように思われた。そして、彼
らがキリストの再臨を待望していたその期日が、キリ
ストの再臨直前のこの期間の開始を意味するものなの
かどうかということが、かれらにとっての疑問であっ
た。審判の切迫の警告を発した彼らは、世界に対する
彼らの務めをなし終えたと感じ、罪人の救いに関する
魂の重荷を感じなくなった。他方、神を敬わない人々
の、大胆で冒涜的な嘲笑は、神の恵みを拒んだ人々から
神の霊が取り去られたことを示す、もう一つの証拠で
あるように思われた。こうしたことはみな、恩恵期間
は終わった、すなわち、彼らの表現によれば、『恵み
の扉は閉ざされた』と、彼らに固く信じさせたのであっ
た」(各時代の大争闘下巻146、147ページ)。
                     p47~49