4月17日                           「あかしの石」
初代文集―
 経験と幻
                 Ellen G. White
  経験と幻
 親しい友人たちに求められるままに、わたしは自分
の経験したことと幻を簡単に書くことにした。わたし
は、これが、主に信頼する謙虚な人々の励ましと力に
なることを望んでいる。
 わたしは、11才のときに改心し、12才のときにバプ
テスマを受けて、メソジスト教会員になった。(ホワイ
ト夫人は、1827年11月26日、メイン州ゴーハムで生ま
れた。)わたしは、13才のときに、メイン州ポートラ
ンドで、ウィリアム・ミラーの第2回目の講演を聞いた。
そのとき、わたしは、自分が清くなく、イエスを迎え
る準備ができていないのを感じた。そして、祈りをす
るために、教会員や罪人が前に進み出るようにという
招きが発せられたときに、わたしは最初の招きに答え
て出ていった。それは、わたしが、自分が天国にふさ
わしくなるには、多くのことを神にしていただかなけ
ればならないことを、知っていたからである。わたし
の心は、価なくして与えられる全き救いを渇望してい
たが、どうしてそれを得たらよいかを知らなかった。
 1843年に、わたしはメイン州のポートランドで開か
れた再臨集会にずっと出席して主が来られることを心
から信じた。わたしは、完全な救い、すなわち神のみ
こころに全く一致することを、飢え渇くように求めて
いた。わたしは、地上のすべての富をもっても買うこ
とのできないこの尊い宝を得たいと、昼も夜も思い悩
んでいた。わたしが、この祝福を求めて、ひざまずい
て祈っていたときに、わたしは、公の祈祷会に行って
祈らなければならないことが示された。わたしは、ま
だ集会で声を出して祈ったことがなかったので、もし
祈ろうとすればうろたえてしまうことを恐れて、この
義務を果たさずにいた。わたしは、ひとりで祈りをす
るたびに、この義務を果たしていないことを思い出し
、ついには祈ることをやめてしまった。そして、心は
憂鬱になり深い絶望に陥ってしまった。
 このような状態で、3週間が過ぎ去ったけれども、
わたしを取り巻いた暗雲を照らす光は、一すじも与え
られなかった。そのとき、わたしは二つの夢を見て、
それによってかすかな光と希望が与えられた。そのあ
とわたしは、愛情深い母に、わたしの心を打ち明けた。
母は、わたしが失われてはいないことをわたしに話し、
当時ポートランドの再臨信徒に説教していたストック
マン兄弟のところへ行って、彼に会うようにわたしに
勧めた。彼は、熱心で愛情深いキリストのしもべであ
ったので、わたしは彼を非常に信頼していた。彼の言
葉は、わたしを動かし、希望を与えた。わたしは家に
帰って、もう一度主のみ前に出た。そして、もしわた
しがイエスを喜ばせることができるのであれば、わた
しはどんなことでもして、それに耐えることを約束し
た。前と同じ義務がわたしに示された。ちょうどその
晩、祈祷会が開かれることになっていたので、わたし
はそれに出席し、他の人々が祈るためにひざまずいた
ときに、わたしはふるえながら、彼らと一緒にひざま
ずいた。そして、二、三人の人が祈ったあとで、わた
しは知らないうちに口を開いて祈っていた。そして、
神の約束は、求めさえすれば与えられる数多くの尊い
真珠のように思われた。わたしが祈っていたときに、
長い間の魂の重荷と苦悩とが去って、神の祝福が静か
な露のように、わたしの上にくだった。わたしはこの
ような感じを持つことができたことに対して神に栄光
を帰したが、もっとそのような境地にはいることを熱
望した。わたしは、神に満ちているもので満たされる
までは、満足することができなかった。イエスに対す
る言い表しようのない愛が、わたしの心を満たした。
栄光の波が、次から次へとわたしに押し寄せてきて、
ついにわたしの体は固くなった。わたしは、イエスと
栄光のほかは、何もわからなくなった。そして、自分
の周囲に起こっていることには何も気付かなかった。
                    p57~59