4月18日                           「あかしの石」
初代文集―
 経験と幻
                 Ellen G. White
   (‥続きです)
 わたしは、長い間、このような体と心の状態のまま
でいた。そして、周囲のことに気づいたときには、す
べてのものが変わって見えた。すべてのものは、栄光
に輝いて新しく見え、あたかもほほえんで神を賛美し
ているかのようであった。そのとき、わたしは、どこ
へ行ってもイエスを告白したいと思った。6か月の間わ
たしの心には、一片の黒い雲もかからなかった。わた
しの魂は、毎日救いの水を十分に飲んだ。わたしは、
イエスを愛する人々は、彼が来られることを大いに歓
迎するものと思った。だから、家庭での集会に行って、
イエスがわたしになさったこと、また、イエスが来ら
れることとを信じることによってわたしの心がどんな
に満たされたかを話した。すると、集会の指導者はわ
たしをさえぎって、「それは、メソジストの教義によっ
てです」と言った。しかしわたしに自由を与えたのは、
キリストであり、彼が間もなく来られるという希望で
あったから、わたしはメソジストの教義に栄光を帰す
ことはできなかった。
 わたしの父の家族の者は、ほとんどみな再臨を心か
ら信じていた。そして、この輝かしい教理についての
あかしをしたために、われわれ7人の者は、一度にメソ
ジスト教会から追放された。そのとき、預言者の次の
言葉が、われわれにとって非常に尊いものとなった。
「あなたがたの兄弟たちはあなたがたをわが名のため
に追い出して言った、『願わくは主がその栄光をあら
わしてわれわれにあなた方の喜びを見させよ』と。し
かし彼らは恥を受ける」(イザヤ書66-5)
 この時から、1844年12月まで、わたしはわたしの周
囲の愛する再臨信徒たちと同じような喜びと試練と失
望を経験した。このとき、わたしは、再臨を信じる姉
妹たちのひとりを訪問した。そして、われわれは、朝
の家庭の礼拝のときにひざまずいて祈っていた。それ
は、興奮した状態のものではなかった。そこには女ば
かりが5人集まっていただけだった。わたしが祈って
いると、わたしは、これまでに感じたこともないよう
な神の力が与えられた。わたしは、神の栄光の幻に包
まれて、この地上から高く高く上げられるように感じ
た。そして次のような聖なる都への再臨信徒の旅が見
せられた。
                    p60~61