6月5日                            「あかしの石」
初代文集―
 経験と幻
                 Ellen G. White
 もしわたしが、集会の中で幻を見ると、それは興奮
によるもので、だれかがわたしに催眠術をかけたのだ
と言う人が多かった。それでわたしは、神のほかはだ
れも見聞きできない森の中へいって、ひとりで神に祈っ
た。神はそこでも時々幻をお与えになった。わたしは
喜んで、わたしに影響を与える人がだれもいなにとこ
ろで神がわたしひとりに示されたことを、人々に話し
た。ところが、わたしは自己催眠にかかったのだとい
う人々があった。神の約束が与えられることを嘆願し、
神の救いを請い求めて、まごころからただひとりで神
に祈り求める者が、催眠術のいまわしい破壊的影響を
受けたものであるとまで非難されるに至ったのかと、
わたしは思った。われわれが、天にいます慈悲深い父
に「パン」を求めるのに、受けるのは、ただ「石」と
「さそり」だけだというのだろうか。このようなこと
に、わたしの心は傷つけられ、激しい苦悩にさいなま
されて、ほとんど絶望するばかりであった。また、聖
霊は存在しないとか、また、神の聖徒たちの経験した
ことはすべて催眠状態にすぎず、サタンの欺瞞である
とかいうことを、わたしに信じさせようとした人々が
多くいた。
 この時、メイン州に狂信が起こった。ある人々は、
働くことを全くやめてしまった。そしてこの点に関す
る彼らの考えや、また彼らが宗教的義務であると主張
する他の点を受け入れない人々をみな除名した。神は、
これらの誤りを幻の中で私に示し、誤りにおちいった
ている神の子供たちにそれを伝えるために、わたしを
おつかわしになった。しかし、彼らの多くは、その言
葉を全く拒否し、わたしが世の中と妥協していると言っ
てわたしを非難した。わたしは実際は狂信を正そうと
していたにもかかわらず、狂信の指導者であると偽っ
て伝えられ、また中傷して伝えられた。さまざまな時
が、主の再臨の時として次々に定められ、それが兄弟
たちに強要された。しかし、主は、そのような時がす
べて、過ぎ去ることを私に示された。なぜなら、キリ
ストの再臨の前には悩みの時がこなければならないか
らである。また、定められた時が、どれもみな過ぎて
いくことは、ただ神の民の信仰を弱めるだけであるこ
とを、わたしは示された。このために、わたしは、「
自分の主人は帰りがおそい」と心の中で思う悪いしも
べの仲間であると言って非難された。
                     p73~75