9月30日                            「あかしの石」
初代文集―
 経験と幻
                 Ellen G. White
    信仰の試み
 神は神の民を清め精錬するために、彼らに苦い杯を飲ま
せられることを、わたしに示された。それは苦い杯である。
そして、不平不満呟きによって、それをさらに苦くすることが
できる。しかし、このようにしてそれを受ける人々は、もう一つ
の杯を飲まなければならない。なぜならば、最初のものが、
心にその意図された効果をあらわさなかったからである。も
し二度目の杯が効果をあらわさなければ、その効果があらわ
れるまで、彼らはまたその次も、そしてまたその次の杯も、飲
まなかれなまらない。さもなければ彼らは、その心が汚れた
まま放置される。この苦い杯は、忍耐、辛抱強さ、祈りによっ
て甘くすることができ、それをこうして受ける人々の心に、そ
の意図された効果をあらわし、神に栄光と誉れとが帰せられ
ることをわたしは見た。キリスト者となり、神のものとなり、神に
嘉みされるということは、生やさしいことではない。主は現代
の真理を信じると言いながら、生活がその言うところと一致し
ていない人々をわたしにお示しになった。彼らの信仰の標
準はあまりにも低く、聖書の聖潔にははるかに及ばない。む
なしい行状にふけり、利己心をほしいままにしているものもあ
る。われわれは、自分を喜ばせ、世の中の人々と同様の生
活と行動をなし、世の快楽にふけり、世の中の人々との交わ
りを楽しみながら、キリストとともにみ国で支配することはでき
ない。
                            p112~113